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2020年8月 4日 (火)

戦後75年に語り継ぎたい「聖福寮」のこと。8月号

太平洋戦争が終わって75年を迎える、この夏。
好評発売中の8月号に掲載の手記
「博多・引揚げ孤児との日々」に、
共感が寄せられています。
2009_20200709185306

2008 
 
1946(昭和21)年8月15日、
終戦から1年を経たこの日。
空襲で焼け野原となった博多の一角、
名刹「聖福寺」の片隅に、
病気の引揚げ孤児を収容する
「聖福寮(しょうふくりょう)
が建てられました。
 
当時、博多港には、
朝鮮や満州からの引揚げ者が
続々と上陸。
1日1万人を超す日もあり、
その中には両親を失い、
栄養失調で動けず、
路上にうずくまる
子どもたちがいたのです。
 
そんな子どもたちと
共に暮らした「聖福寮」の日々を、
同じ引揚げ者として寮長となった
小児科医・山本良健さんの娘、
朝山紀美さん(当時5歳)が
綴ってくださいました。
 
「引揚者との親類づきあいはじめたし、
ようす知らせ」との
羽仁もと子の電報に応えて、
子どもの世話を引き受けたのは、
福岡友の会
(婦人之友の読者の集い)の
若い女性たち。
眼病、皮膚病、
栄養失調による下痢…
食事つくりから洗濯まで、
文字通り不眠不休の日々でした。
 
「温かい食事におやつ。
先生方はいつでも笑顔を絶やさず、
そこには確かに『家庭』がありました。
それはまた、私たちの
家庭でもありました」と、朝山さん。
短い文の行間には、
何層もの歴史が広がります。
20200803-164343
聖福寮開設の経緯と、子どもたちの生活の様子は、
1946~47年の本誌に詳しい。
写真は、1947年7月号。

コロナ禍で、戦争を記憶し、
平和を考える集いも縮小されている
この8月。ぜひご一読ください。
 
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婦人之友2020年8月号は こちら↓
https://www.fujinnotomo.co.jp/magazine/fujinnotomo/f202008

 

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